第四章 終戦と心の病

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 志郎は「そんな些細なことで?」と内心思いながらも、さすがに口にするほど無神経ではなく、悟られないように気づかった。  自分も戦争と友人の死が心の傷となった。自分に対する自信が崩れることが、いやそうではなく、チームの敗因を背負うことになるかもしれないという恐怖が、病気に繋がったとしても不思議ではない。 「このことも誰にも言うなよ」睨みつけるように釘を刺しては、伊勢川は立ち上がり、吸殻をバケツの中に入れた。  口調とは裏腹に、タバコを入れる仕草は紳士的だった。  志郎は会話のとき、タバコを三度ほど肺の中に吸い込んだものの、浮き沈みの激しい伊勢川の話と態度に翻弄され、またタバコが初めてだったこともあり、タバコを持ったままでいた。  灰が三センチほどに伸びていて、それがズボンの膝の上に落ちたもので熱いと反射的にそれを払い、吸殻を同じくバケツに放り込んだ。  昼食の後、両親が迎えにきて、衣類などを詰め込んだカバンとともに病棟を後にした。  伊勢川はいつものように昼食の後は昼寝のため寝室へ入ったもので、挨拶もできなかった。  代わりに、普段食堂で世間話をした何人かの年配の人や、看護士が手を振ってくれた。  看護士の一人が言った。「志郎ちゃん、もうここへは戻ってくるんじゃないよ」 「いや、また戻ってくるかもしれへんから、そのときはまたよろしくお願いします」と軽く頭を下げた。
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