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「もうこんな生活、耐えられない」
歯軋りしながら、そう蒲団の中で呟いてみたが、誰が救いの手を差し伸べるというのだ、と置かれている現実に自暴自棄になった。
部屋の襖が開けられ、近寄ってきた。歩く足音で誰だかすぐに分かった。
「蓑虫にでもなったつもりか?」と潤一郎は気だるそうな言い方で言った。「電話が掛かってきてるぞ。池下佳代子さんという方だ」
芳子は反射的に飛び起き、「オーマイゴッド!」とハリウッド映画よろしく、跪いて両手を組んで祈るポーズをした。
「お前、頭大丈夫か?」と呆れる潤一郎には目もくれず、電話機のある方へ競歩の競技のように早足で歩いて進んだ。
家の中で走ることは禁じられているからだ。また、窓から見える空は紺色から漆黒へと変わりつつあった。
「もしもし」と芳子が、相手には伝わらない笑顔を作って言った。
「よっちゃん、久し振り。池下佳代子です。お母さんから結婚されたって聞いて」
弾けるような明るい声だった。
「うん、四年ほど前に結婚したんだけど」
「お見合い?」
「そう、お見合い、私にとって最初の見合いだったの。それでこの人だったらって思って……」
「きっとそれは運命の赤い糸ってやつじゃないかな。一目惚れだったんだ。羨ましいなあもう」
茶目っ気のある旧友の声に涙腺が刺激された。結婚してから澱のように重なっていった気苦労と、佳代子と一緒に過ごした当時の苦しいながらも懐かしい思い出とが、頭の中で混ざり合い、ダムが崩壊するように涙が溢れてきた。
悟られないように口を左手で抑え、声を押し殺して泣いていたのだが、返事もできなかった芳子に何かを感じたのか、佳代子は言った。
「もしかして、結婚生活上手くいってないん?」
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