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食器はシンクに置くだけで帰ってきてから片付けるとして、俺はさっさと台所を出る。
洗面所で歯磨きを済ませ、ボサボサで見られたもんじゃない真っ黒な髪を水と根性の力でなんとか整える。
ちょっと伸びてきたな……なんて素直になった髪の毛を摘み、目に少しだけかかるそれを眺めながら、次は自分の部屋へ向かった。
何かに急かされるようにパジャマを脱ぎ捨て、乱暴に制服に腕を通し、随分と軽い鞄をひっつかんで玄関へ向かうと、時計の時刻は七時五十五分。
「間に合うか……?」
平々凡々、悪くもなければ良くもない至って普通な顔を精一杯焦りに歪めて、俺は靴を足に引っ掛けるがままドアを開けた。
アパートの一階にある俺の部屋は、開ければすぐに目の前が道路だ。
そして、通学生で賑わう駅前から一本分外れたこの道に人影は…………ジョギングする山田の爺さん以外、ない。
「……よっしゃ。間に合ったか」
ちょっとだけ嬉しさに口角を上げて、俺は後ろ手に玄関のドアを閉めた。
えっほえっほと亀の速さで走る山田の爺さんとすれ違い、一定の歩幅で歩き始める。
うん。
今日は良い天気だ。
いつもより、清々しささえ感じる。
しかし何故こんな行動をとっているかと言われれば、ちょっと説明しずらいのが煩わしい事この上ないが。
一言で言うならば、会いたくない奴がいるから。
そう、根本的にはそれなのだ。
まぁ今日はいないみたいだし、久しぶりにゆったりと登校時間を過ごそうかと────
「おまっ!! 待て待て俺まだ準備してない!!」
「もう早くしてよ!!
八時になっちゃうよ!!」
…………走れ、数分前の俺。
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