1・コイヌとシンジンルイ

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―― 「香田さん、この本なんですけど……」 「はい。どれどれ?」 質問先の主は、通ううちに親しくなった職員の香田百合乃さん。私より少しお姉さんで華やか美人。 「――……、あっ、森野さんっ」 「っ!?」 香田さんは、ちょうど通りかかった森野さんを呼び止めた。 「っ……なんですか?」 「うん。これなんですけど――」 わたしは一歩引いて、ふたりのやりとりを観察。 森野さんは、始終血流を塞き止めたような表情で受け答えをしていた。 ……体調が、悪いのかな。 心配してたら、私も香田さんに呼ばれた。 「はい」 「うん、分かりました。この本の続きはね――」 説明を受ける間に、森野さんはそっと去っていってしまった。その姿を見送る私の顔があまりにも不安げだったのか、気づき、香田さんが教えてくれた。 「理由なんて知らないけどね」 と、弟を温かく見守る優しき姉みたいに微笑みながら。 年齢でいえば妹なのに、その構図は妙にしっくりきてた。
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