小説を書く人

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 回る。廻る。真が胸の内で暴れる。  クラバットは、人であり小説家だった。小説家であり人なのではなく、小説家以前に人だった。  ――少なくとも、今は。  なぜなら、動けているからだ。未来を内包した現在のために。  『この感情をどう表現しようか』ではなく、いつか『あの感情をどう表現しようか』と思えるために。  人間クラバットを、人間小説家クラバットが書けるようにと。  そしてそれこそが――真実。"小説を書く人"こそ小説家がであり。故に誰よりも人らしくあることこそ理想的な小説家。  『物を書くとはつまり、人として生きる』ことなのだと。  この怒濤(どとう)の如く押し寄せる、言葉にできない感情を忘れない。  クラバットは出棺の準備を終えた親類達のいる部屋に、今一度姿を現す。  そして変わってしまった自分を心配し群がりかけた人々を突き出した手のひらで留め、まっしぐらに棺桶の前へ。  そこで倒れ込むように膝を折り、振り絞った力で棺を開ける。  中には安らかな表情で眠る祖母。亡くなった――けれど彼が理想的な小説家である限り絶対に無くなることはない――たった一人、唯一の祖母。  生涯を全(まっと)うした彼女を瞳に焼きつけながら、クラバットは掠れた声で言った。 「私に……人生を教えてくれて……ありがとう……!」  頬を流れていく汗は溢れた感情の雫と混ざり合い、落ちた数だけ、彼に捨てた自分を取り戻させた。 ――――――Fin――――――
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