孤独の淵で

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 私は、病院のベンチに座って、ただ手元を見ていた。  まだ、自分の身に起きたことが完全には呑み込めない。  母は、買い物に出た直後、近所の歩道で自動車にひかれたのだという。  目撃証言はあるものの、相手はまだ捕まっていない。  刑事さんだという人の説明を受けながら、私は、でもお母さんの顔は綺麗でよかった、と考えていた。  本当に、眠っているみたいに、安らかな顔。  家族が私ひとりだけだ、というと、刑事さんは気の毒そうに眉を寄せた。 「なにか困ったことがあったら」  そういって、名刺をくれた。  それをありがたいと思う余裕は、私の中に残されていなかった。
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