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「さみしかった」
ふわり。近づいてきたその腕は、俺を包んで抱きよせた。
白井の匂いでいっぱいになった肺は、欲張りにも酸素を求めて喘ぐ。
どこにそんな力あったんだよ、てくらい力強い抱擁は、この身長差ではかるく殺人に繋がりそうだ。
だけどそれもまぁ……
なんて思いかけて、白井の肩の上にアゴを乗せた。
「どうしてきくちは、僕以外となかよくするの?」
耳元で言われたそれは、囁くというには音量をはるかに越えていたが、鼓膜は震えるだけだった。
俺は、つぶやく。
「なかよくしてなんか、」
ない、と。
それは小さな嘘で、大きな罪悪感が生まれるひとことだった。
いまの俺には、守らなくてはいけないものが多い。
「じゃあなんで、僕以外のにおいがするの?」
体が跳ねた。
首筋に白井の鼻が触れて、すりすりと動く。
「きくちのにおいと、僕のにおいがあればいいのに」
それは、純粋な疑問。
僕と、おまえだけで。
おまえと、僕だけで。
この世の中を構成できたらいいのにという、歪んだ思い。
そんなふうに思わせてしまったのは、他の誰でもなく、俺自身なんだってわかってる。
こわしてしまった。
いびつな形へと、変えさせてしまった――。
「……ごめんな」
俺のせいで。
「…なんで謝るの?」
白井の声が俺に響いて、たしかに強くなった音量を感じた。
「どうして、謝るの」
おまえを壊してしまったからなんて言えやしない。
元のおまえに戻ってほしい、
とか、さ。
だから、俺も抱きしめ返す。
好きなんだよ。
俺はおまえが。
誰より、なにより。
大切なんだよ。
…って、伝わってほしくて。
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