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特に今日の雪はまた酷い。ここ数日、大雪の日が続いているのだ。
人々が外に出ない理由も解る。
しかし、降り積もる雪を払う事なく、男はただゆっくりと歩を進めた。
大通りを抜け、小さな路地をいくつか抜ける。街の外れにたどり着くと、人気のある建物はなくなった。だがそこに、知る人ぞ知る、小さな診療所が在った。
ようやく目的の場所を目にした男は、ローブのフードをとり、白い息を吐いた。
近付くと、扉はきぃと音をたてて開き、中から一人の女が姿を見せた。だが彼と目が合うと小さく頭を下げ、女はゆっくりと背中を向けた。
彼女の腕には、具合の悪そうな幼子が抱かれている。
患者か…
だが今は治療の後なのだろう。子供は落ち着いた様子で静かな寝息を立てていた。
路地裏に消えるその姿をそっと見送りながら、男はもう一度息を吐いた。
そして扉に向き直り、ドアノブに手をかける。身体に積もった雪を軽く払い、中に入ると同時にローブをバサリと脱いだ。
室内は、ほっとする程に暖かい。
アンティークに飾られたエントランスは見た目よりも広く、落ち着いた洋館を思わせる。
静かな空間で軽く辺りを見回し、誰もいない事を確認すると、男は廊下をゆっくりと進んだ。
用があるのは、この診療所の主。
何度か足を運んだ事のある場所だ、相手の部屋がどこにあるか位は解る。ましてや、先程から数人の患者達とすれ違っては会釈を交わしているのだ。医者である以上、患者が居れば必ずそこに居るだろう。
すれ違う人々は皆礼儀正しいが、具合の悪さが目に見えて解る。
診療所が人で賑わうなど、喜ばしい事ではないのだが…
男は複雑な面持ちで部屋の前に立った。『診察室』と札の下げられたその扉の前で、一呼吸おく。
中からは僅かに声が聞こえる。まだ、患者がいるらしい。
幸い、次に待つ患者の姿は見当たらない。
傍らに用意されたソファに腰掛け、扉が開くのを待つ事数分。
「先生、有り難うございました」
そう言って中から顔を出したのは小柄な老婆だった。杖をつき、覚束無い足取りでそろそろと姿を見せたその人に
「…大丈夫ですか?」
男はすかさず手を貸した。だが老婆はその手をとらず、低い姿勢のまま
「ご親切にどうも。お気遣いなく」
そうやって頭を下げ、穏やかに笑った。
顔色は良さそうだ。特に目立った外傷などもない。彼女の言う通り、助けはいらなかったのかもしれない。
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