とあるお医者さんのお話

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余計な事をしてしまったのだろうか…… そんな事を考えながら小さく息を吐き、去っていく老婆の背中を見つめていると 「あの人はね、旦那さんの薬を取りに来ただけだから」 唐突に聞こえた声に、男は伏せ目がちだった瞳をやや驚いたように丸くした。 「いらっしゃい、サジ君」 振り返ると、そこには白衣の男が一人。疲れたように扉に寄りかかり、歪な笑顔を向けていた。 「ほら入って!話は中でしよう」 その男こそ、この診療所の主であり、彼…サジが用のある医者だ。正確には相手の方が用あってサジを呼びつけたのだが…相手はサジに返事をする間も与えず、さっさと部屋の中へと消えた。 仕方なく後を追って中へ入ると 「……これは」 驚く程に空気が淀んでいた。サジがそういった感覚に敏感だからとか、ただそれだけのものではなく、妙に悪い空気が充満しているような、そんな気がするのだ。 「ちょっと窓開けるよ?寒くても我慢ねー」 だがそう解っていての判断か、医者はサジの入室を確認するなり窓を開け放した。 途端に外の冷気が流れ込み、室内の空気が変わる。風向きのせいか雪が中へ吹き込む事はないが、やはり寒さに身が震えた。 「具合悪くなりそうでしょ。充満してるんだよねー…」 はあと小さく溜め息を吐いた後、彼は机に並べられたカルテの山をバサバサとかき集めた。 「皆同じ、新種みたいでさ。風邪には近いけど、症状が酷くて質が悪い」 それ等をまとめてサジへ手渡すと、『そこに座って見て』と付け加えて近くのソファーを薦める。 挨拶のタイミングを逃したサジはやや肩身狭そうにそれを受け取るが、とりあえず、薦められた通りに腰を下ろし、カルテに目をやった。 「さっきの人はまだ無事なんだよ。ただ旦那さんがやられてね…老夫婦二人しかいない家だから色々と心配なんだけど、年寄り扱いを嫌う人だからさ。どんなに雪の酷い日でもああやって一人で歩いて来る」 ガタガタと、今度は薬の瓶を片付け始める相手を前に、サジは再び視線をそちらへ向け 「…お元気な証拠、ではございませんか?」 そう言って笑った。 「元気か…そうだね、冬の人は皆元気だよ?いつもはね。それが、どうしたもんかね…ここ最近はそれだ」 だが、医者は深く溜め息をつくと、サジの手にあるカルテの山を指して苦笑した。
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