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「なあ、千鶴…桜というのはどうだ?」
朝から、机にかじりつく土方さんは、もうじき産まれてくる子供の名前を書いていた。
さっきから、名前の候補にあがるのは、咲・夕月・雪・千歳 女の子ばかり。
「産まれてくる子は女の子とは限らないんですよ。男の子の名前も考えないと…」
千鶴はいれたての、お茶を土方さんの側にそっと置くと、ヨイショとお腹を支えながら座った。
「できれば女の子がいいんだ。もう武士の時代じゃなくなったしな。今は女が前に出てくる時代になるかもしれん。」
顔をしかめながら土方さんはそう言うと、墨で書かれた「桜」という字を日に当てた。
「やっぱり桜が一番、いい。ちょうど春先に産まれるんだ。これでいいじゃねーか。千鶴はどう思う?」
自信満々に笑顔で振り返る土方さんの手には「命名」とちゃっかり付け足してあった。
「歳三さんが、決めた名前なら私も、それに賛成です。」
「よし、決まりだな。しかし父親となる気持ちはまだ実感わかねーもんだな。こんなデカイ腹をいつも見てるっつうのに。」
土方さんは千鶴のお腹をさすりながら寂しい顔を見せる。
「仕方ないですよ。そういうのは産まれて初めて実感するものじゃないでしょうか。」
「しかし…」
そう言いかけて言葉を濁らす。
「もし歳三さんと夫婦になっていなかったら、私は歳三さんという愛する人の子供を産むことはできないんですよ。」
「そうだな。俺は、コイツの父親になるんだから、しっかり胸はっていかねーとあの世で近藤さんと総司に笑われちまうな。」
「そうですよ。」
なんだか可笑しくなって二人してクスクス笑ってしまった。
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