夕暮れの国

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 私の知っていることと、彼の知っていることが大体同じだという言葉に、私は少しがっかりする。  夜の闇は漆黒ではなく、空の裏側から別の色が染みていた。それは何色と呼べばいいのか分からない。その、何か漆黒ではない色の闇を浮遊するように、星が瞬いている。  以前、私に「星が瞬くのは、空気中の汚れ等によって、僕たちの目に届く光が時折遮られるからだよ」と教えてくれたのも彼だった。  一体彼は何を知らないというのだろう。 「『夕暮れの国』か、」と、彼は独り言のように呟く。「とても不思議な響きだ。気に入った」  それは、あるいは独り言だったのかもしれない。私と彼の間で紡がれる会話は、他のどんな会話とも違っているから。 「『夕暮れの国』は誰が書いたのかしら?」 「それはまた、難しい質問だな」 「難しくなんかないわ。あなたがそれを知っているなら答える、知らないのなら答えない。それだけのことよ」  すると彼は少しの間沈黙する。張り詰めるような居心地の悪い沈黙ではない。言葉という繋がりがなくても、同じ入れ物の中で、私たちは同じ沈黙を共有している。 しかし、何故彼は何も言わないのだろう。これは「知らない」という、彼の答えなのだろうか。 「物事には必ず順序というものがある」  彼は唐突にそう言った。  順序? 「順序というものは守らなければならないんだ」  そんなことは分かっている。そんな単純で明白なこと、私でなくとも知っている。しかし、今の問題に関して「順序がある」と言われても分からない。『夕暮れの国』の作者を知る前に、何かすべきことがあるとでも言うのだろうか。  彼は、いつだって謎のような話し方をするのだ。
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