おぼえていますか?

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一番奥の部屋 入るのを一瞬、戸惑う 初対面のしかも男の部屋だ もろもろの変な意味を取り除いても やはり戸惑うだろう 奏は そんな空気を読んだのかドアを大きく開けたままにして自分から先に部屋に入って行き 窓を開けて手招きをした 部屋にも綺麗なステンドグラスが飾られている シンプルというより何だか生活感のない部屋 テレビやオーディオ類がない ベッドと古いデスクだけ 窓の下には思いがけず広い中庭 小さな噴水に色とりどりの花々が美しい 「綺麗なお庭ね」 『さっきのおじさんが手入れしてるんだ』 彼の長い髪が頬に触れる程に顔を近付けて囁かれ 心臓がドキリと大きな音をたてる 顔が火照る 『あっ、ごめんね』 「えっ?あっ……いえいえ……別に、大丈夫。大丈夫よ……」 ハハハ……変な笑いで誤魔化し窓からさり気なく離れてデスクに目をやる 写真立てに風車が写った物が飾られていた この場所…… 奏がノートに 『ロッテルダムのキンデルダイク郊外に19基の風車が見れる所がある。知ってる?』 「知ってるわ……」 知りすぎる程知っていた なにしろ 母がなくなったのは 何を隠そう、このキンデルダイクに風車を見に行った帰りにバスで事故に遭ったのだから 酷い事故だった 実際に事故の様子を見たわけではなかったが バスの乗客54名中、死亡したのが53名と聞けば相当な惨事だ 奏の視線に気付いてハッと我に返る 「行った事はないけど古い風車が沢山あるって聞いたわ……」 『一緒に行く?』 「ごめんなさい、残念だけど……夕方の飛行機で帰るの」 彼は驚いた表情からやがて哀しそうなものに変わっていった まるで それは少年のようだった 「ありがとう。愉しかったわ」 奏は慌てて書き始める 『送っていく。最後にいいものみせるよ』 結局、彼の声が出ない理由は聞けそうにないと蓮は思った まぁ、そんなものか……旅先で偶然、知り合っただけだ 彼の事を知った所でどうなるわけでもない その時は確かにそう思った ただ こんなに印象深い人に逢う事はこの先ないかもしれないと 漠然とした思いが胸に広がった
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