動き始めた歯車

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「早川さん、何処に行ってたの?」 ホテルに戻るなり大きな声で女性が駆け寄ってきた 「あぁ……ちょっと時間を潰してました……」 「朝から見かけなかったから心配したのよ」 「すみません」 この人は遺族の会の代表みたいな事を引き受けている 娘夫婦が新婚旅行で母と同じバスに乗り合わせ事故に遭い亡くなった 多分 人生で一番、幸せのピークにあったであろう娘を亡くす その悲しみはどれほどのものだったのか蓮には想像もつかない 「女の子独りでフラフラするなんて、何かあったら大変よ。私達と一緒に遊覧船に乗ればよかったのに」 「そうですね……」 愛想笑いを浮かべて曖昧に答える 「早川さんだってもう子供じゃないんだ。ねぇ…お節介の焼きすぎだよ」 間に入って助け船を出してくれたのはこのおばさんのご主人だった 「あらっ!だって大事なお嬢さんに何かあったらそれこそ大変じゃないの!」 ウザい と、思いながらも自分の事を心配してくれる人がいることに7年経って ようやく少しずつ感謝出来るようになった なぜなら 蓮はこの7年間、随分と荒れた生活を送ってきたからだ 母の事故が原因でもあったが それは ほんのきっかけにしか過ぎなかったように思う 「今度は5年後の13回忌にまた来ましょうね。その時はお父様も是非とも一緒にね……」 「そうですね……」 これも曖昧に答えるしかなかった 父は一生、ここに来ることはないだろう 来れるはずがない 母が死んだ時でさえ来なかったのだから あの日 事故の一報が旅行代理店から私に入った時 父とは連絡が取れなかった 自分の妻の死よりも 父は仕事を優先させたのだ 父は役所の福祉課に勤務している 主に母子家庭の支援や虐待児童の保護などに休みも返上して奔走して職場での評価は高いらしい 自分の家庭より他人の家庭の事に心血を注いでいる人なのだ 母が亡くなった時 父は別の女の死に立ち会っていた 自分が担当していた親子の母親の方が急死したらしいが 詳しい事は聞いていない 聴く気もしない 要するにそういう事なのだと蓮は思った 家族より大事な仕事 もしくは 妻より亡くなった女が大切だった
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