動き始めた歯車

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まどろみの中、イヤホンの音楽も飛行機のジェット音も薄れていく 微かな意識の中であの不思議な彼の顔が浮かぶ 奏……だったっけ 瞳の中で淋しそうに微笑む そして、何か呟く え?何……? 何て言ったの?聴こえない…… すると 彼は私を抱き寄せて囁いた 『逢いたかったよ』 爽やかな少し甘い香りがする あなたは誰? ねぇ……答えてよ 「早川さん……」 肩を叩かれる 「え……?」 目が覚めた 「よく眠っていたね。ハハハ……もうじき成田に着くよ」 そう言ったのは隣りの席のおじさんだった どうやら私はグッスリ眠っていたらしい 目覚める時に例の母のちぎれた腕以外の夢を見るなんて久しぶりだ 「大丈夫かい?何か飲み物でも頼もうか?」 「あっ、ありがとうございます……私、ずっと寝てたんですか?」 「疲れていたんだね。きっと……」 恥ずかしい…… 隣りがおじさんでよかった かぶっていたブランケットと自分のコートを鼻の上まで引き上げて 窓のシェードを下げる 夜にアムステルダムを飛び立って10時間以上経つけど時差が8時間あるせいで 日本に着いてもまだ夜 いつまでも明けない夜 私と一緒だ その時、不意に夢で匂ったあの爽やかで甘い香りがした それは 自分のコートからだった 私の匂い? その香りは蓮がいつも使っているコロンの香りだった どういう事……? 彼と同じ香り? そこまで考えた 所でシートベルトのサインと共に着陸のアナウンスが蓮の思考を遮断した また変わらない毎日が始まる 変化など何も求めていない 生活の為に働く ただそれだけ まさか その時は自分の生活に新たな侵入者が現れるなど考えもしなかったし 望みもしなかった 蓮の知らないところで静かに ゆっくりとその歯車は動き始めていた
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