一章

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「ちょっと、勝手に決めないでよ。私の名前は安孝で、それ以外では決してないのよ? それに、会うかどうかは私の気分次第だって言ってるじゃないの」 「うん、でもやっちゃんで。そっちの方が、女の子らしいよ。明日から、そう呼ぶね」  少女――やっちゃんは諦めた風にため息を吐いて、後ろ手に手を振りながら止まっていた足を動かし始めた。  その小さな背中を眺めながら、少しだけ顔を綻ばせる。  今日は何だか、面白い子と知り合ってしまったようだ。  翌日の、学校帰り。実は大学受験を控えた身なのであまり余裕がないんだけど、僕は今日も安孝神社に向かっていた。  年に何度かは来るけど、二日連続というのは珍しいことだった。もし昨日、あの少女に会わなかったら来ようとはしていなかっただろう。いつも気まぐれで顔を出していたのに、こうも明確な思いを抱いてというのは、初めてだ。  ――もう一度、彼女に会って話してみたい。  確かに、少し変な子だったけど。話すのも、それに対する反応も面白い。……それにちょっと、可愛かったし。この辺は、思春期を直走る健全な男子の純粋な感情だ。  ともかく。  やけに長くて高い石の階段を、一つ一つ登っていく。何となく振り返り、夕暮れの茜色に染まった尾道水道を見遣る。同じような色合いに彩られた周りの木々も見て、休憩がてらに足を止めてその風景を眺めた。  ここから見る、この景色が好きだ。渡船や漁船、しまなみ海道、向島、そして山に埋もれるようにして建てられた古寺の数々。季節によって趣を変えるその光景は、いつ来ても飽きることがない。  初めてここに来たのは、いつのことだっただろうか。確か、祖母に連れられて古寺巡りをした時に、僕がこの神社の見付けて行きたがったのが最初だったと思う。古寺巡りなのに神社とは、また違っているような気がしたけど、まあそれも些細だろう。  それにしても、今思えば古寺ばかりが連なる尾道に神社とは、中々どうして反骨精神剥き出しな気がしないでもない。いやさ、勿論市内には幾らでも神社はあるけど、尾道駅の背、その山にあるのは古寺ばかり。そこに神社とは、些か異様にも感じられる。  仏教に対して神教、御釈迦に対して神。どちらもどちらとて敬い信奉する対象ではあるのだろうが、こうも印象は違う物なのか。 「ちょっと、何道草食ってんのよ。来るなら早く来なさい!」
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