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『なんでもない』
――これが、正解であった。亭主は金を手に、男にはそう返事をし、その場を去るのが無難な選択であっただろう。
「……だったら、なんでまた――」
困惑しながらも、男に事の真意を聞く、八百屋。……つい、聞いてしまったと言うべきか、口から疑問が滑り出していた。
「ああ……、これこれ」
八百屋の質問に、男は壁に貼られた古い貼紙を、コンコン――と、手の甲で軽く小突く。……案外、答えてくれるものである。
理由があるのかと、少しはホッとした八百屋が、目線を男からその貼紙へと移す。
『急募! ヒーロー集う』
そこには、古い人員募集の貼紙。
(……ヒーロー、募集?)
少し、八百屋が貼紙へ――貼紙をよく見る為には、否応なしに男へと近付く必要があった――男を警戒しながらも男の横に立つと、貼紙を覗き込んだ。
特に男達は何もしていないと男は答えたが、何か男にとっては理由があったのだろう。現に、食い下がって理由を尋ねたら、こうして答えてくれたのだ。もしかしたら、非はこの男より、すぐ足元に倒れている男たちにあるのかもしれない――。
何もしていない男たちをつい殴ってしまうような理由。それが何か知りたい……そう、八百屋は好奇心に負けたのだ。
亭主は、なにも貼り紙の内容を知らない訳ではない。この貼り紙はずっと昔から、この場所に貼られているのだ。すぐ横の八百屋が知らぬはずがない――。だが、これが男の殴る理由に繋がることが疑問で、これがなんだと言うのだ? という思いが膨らみ、確かめずにはいられなかったのである。
亭主が貼り紙を目にしたことを確かめると、また話し始める男。
さて、どんな理由がこの貼り紙に隠されているというのだろうか――。
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