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次第に口に広がっていく鉄の味と、失われていく手足の感覚が、自分のタイムリミットを告げはじめた。
小さくなってく心音とは裏腹に、心は凪いだ水面のように穏やかで。
【死】はこんなにも呆気ないと、死ぬ前に改めて実感する。
父の為にと血で汚してきたこの手も、死んだら綺麗になるのだろうか。
なんて馬鹿なことをと、そう思って目を閉じた。
これが、きっと本当の最期。
多分父は、私の最期を何処かで見てるだろう。
幾度か、スピーカーで機械じみた父の声を耳にしたことがあるから。
父に伝えたい事が言えるのは、もう今しかない。
そうして言葉を探すけれど、何も出てこない。
顔さえ知らないんだから、当たり前と言えば当たり前なのだろうか。
あぁ、でも、一つだけ言いたいことがあった。
役立たずの自分に、ほんの少しの間でも居場所を与えてくれたから…
「あ、りが、とう…」
父が私を憎んでいることは知っていた。
憎しみながらも大切にしようと、思っていてくれたことも気づいていた。
大切なものを奪ってしまったのに、愛そうとしてくれたから
『ありがとう』
聞こえているといい。
この言葉に籠めた想いが少しでも父の心に伝わるといい。
そんな小さな願いを籠めて放った言葉を最後に、不思議な温もりに包まれた私は意識を手放した。
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