BAR[ノヴェレッテ]

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私の心の憂鬱を、表わしているような色だ。深い深い、ため息と悲しみの色。 「最近の貴女のピアノ演奏はどこか……力強さがありませんね。らしくない音だ」 バーテンダーの言葉が、ぐさりと胸に突き刺さる。 何もかも見抜かれている、と頭に血が昇り、頬が熱くなってくる。 長年付き合いを続けた恋人に去られ、自分でも精彩を欠いた音しか出せなくなっていることに、気付いていた。このままでは私は演奏家をやめるしかないだろう、と思いつめてもいた。 バーテンダーは、どこからともなく一枚のカードを出した。 そして、取り出したカードを二つに裂いてマッチで火をつける。 「あっ」 小さく光を放ち、青年の手から離れた瞬間に、カードが銀色のパウダーに変化した。青い液体に銀の雪が降り注ぎ、見る見るうちに煌めきながら溶けていく。シュワシュワと弾ける液体の音。 「貴女を癒すための魔法です。どうぞ」 目の前のグラスの中身は、明るいイエローに変化していた。バーテンダーは一礼して、私の側を離れていく。 ぐっ、と言葉もなく溢れそうになる涙を、私は必死にこらえる。 まだ、しばらくはピアノを続けられそうだ。 舞う雪がまだ淡く光り、イルミネーションのような。蛍火色のカクテルを私は一気に飲み干した。 [END]
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