かたはね

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[BAR ノヴェレッテ] アンティークゴールドの文字が静かに光り、客を待っている。 バーということは飲み屋。女一人で中に入るのは何だか怖い……大丈夫だろうか。私は、しばらくウロウロと軒先を行ったり来たりする。 バン、と店の扉が開く。突如立ちはだかった重厚な扉に、私の頭が衝突した。ガガン、とすぐ脇の、店名の書かれた立て看板がよろけた体に接触して大きな音と共に倒れる。 「申し訳ありません、大丈夫ですか!? お怪我はありませんか!?」 立て看板と一緒にひっくり返った私を、扉を開けた犯人らしい青年が引っ張り起こす。少し取り乱した様子で、安否を聞いてきた。 「だ、大丈夫です」 ロングスカートとコートのおかげか、派手に転んだ割には怪我をしなかったもよう。 「いいえ、手を擦りむいていますよ。貴女の手当てをしましょう、中へどうぞ」 言われてみれば、ちくんと走る手の甲の痛み。今なら他のお客様はいらっしゃいませんからと促されて、私は店へ入った。 抑えた照明。シンプルでクラシカルにまとめられた店内。洗練された中にも、ほっとする温もりを感じさせる不思議な空気が漂っている。 ふわふわ揺れる黒髪が長毛の猫を思わせる青年は、カウンターに座らせた私の手に消毒液を手早く塗りつけ、大きめの絆創膏をぺたりと貼って手当てをしてくれた。 「本当に失礼致しました。人がいるのを確認せずに、ドアを思い切り開けるなんて……」 「い、いえ。私が扉の前で、しばらくぼーっとしてただけなんです。気にしないで下さい」 自身のかすり傷よりも、高級そうな立て看板を倒しキズをつけたかもしれないことの方が、よほど気になる。まだすまなそうな表情をしている青年に、本当に大丈夫ですからと、もう一度答えた。私より幾分は年下らしい青年が、優しげに微笑む。 その笑みで、私はこの店に入りたかった理由を思い出した。
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