かたはね

7/8
前へ
/20ページ
次へ
パリン 薄氷を踏むような響きと共に、ぶるんと大きく、額縁は震えた。 絵の蝶と水面に映る蝶。右と左、片翅を補い合った蝶が完全体の姿で、ざああっと絵から飛び出す。 水に映るもう一頭の蝶とつがう。一頭、また一頭。蝶の数が空中と水の中に、次々と増えていく。 「きゃ、きゃああっ」 群れとなった蝶が、一つの青い固まりとなって私のいる方へ、覆いかぶさるように押し寄せてきた。 …………目を開けたとき、蝶は群れごと全て、どこかへ飛び去った後。 月明かりが照らす明るい橋の上で。蝶が抜け出しセピア色の背景のみの絵が、私の手元に残されていた。 「いらっしゃいませ。お待ちしていました」 [BARノヴェレッテ]の扉をくぐると、黒服バーテンダー姿で青年が迎えてくれた。私は先程の出来事を、どう説明したものか迷う。 「申し訳ありません。オーナーから、今日は急用で来れなくなったと連絡がありまして。お客様さえよろしければ、お持ちした絵をお預かりするようにと言付けを頼まれましたが……あの、どうされましたか。気分でも悪いのですか?」 へなへなと崩れ落ち、椅子に腰を下ろした私。不思議そうな青年に、絵を覆う布地を取り払い、蝶のいなくなった額縁を見せた。 「これは……?」 「蝶が逃げ出したんです……」 橋の上での出来事を話す。目の前で起こったにも関わらず、幻想的過ぎて自分で自分の目が信じられないような話。この青年に、信じてもらえるとは思わないが。 「それはまた……」 一言つぶやき、黙る青年。じっと私を見る。やはり信じてもらえていない。 「あなたは、僕が『今の話を信じていないに違いない』と思ってらっしゃるでしょう」 「え」 青年は、どこからともなく銀色のカードケースを取り出し、私の前に置いた。名刺入れより一回り大きいくらいのサイズ。ステンレス製なのか、ケースの表面が鏡のように磨かれている。 「覗き込んでみてください」 一体、何だろうと思いつつ、カードケースを覗き込んだ。悲鳴に近い声を漏らし驚愕する。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加