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【闇の診察】
12歳までを施設で過ごし、13歳の春。先生は僕を迎えに来た。
僕は3歳の頃、先生に拾われた。らしい。
当然その時の状況など僕は覚えていなくて。時たま気遣いの手紙をくれる『僕を拾った人』に興味はあったが、生涯会うことは無いだろうと信じていた。
だから今日から一緒に暮らすのだと知らされた時、心底驚いた。
血の繋がりもなく捨て子の拾い主という縁だけで、僕を引き取った人物。父とも呼べずに僕は、養い親をただ『先生』と呼ぶ。
先生は医者で小さな診療所の主。パソコンの画面が見えにくいと、最近は老眼鏡をかけ始めた。
「似合ってないね。」
素直な感想を僕が述べたら「眼鏡男子は流行だろ?」と返す。
男子な年では無いだろ、と考えたが面倒なので黙った。ぶつぶつと不満そうに金魚へ餌をやる先生。大きく跳ねる金魚。
「祭りへ一緒に行く約束だったかな。行こう。」
促され外へ出た。
先生は、暗い時刻の診療所に僕を決して近づけない。理由は何となく分かっている。
屋台で賑わう、社への坂道。僕はこういったイベントに興味ナシだが、先生は至極ご満悦で、表情が輝いている。
細く暗い横道に、カクカクと動く影が見えた。杖を失くした老人だろうか……そのように感じて、数歩、人ごみから外れ横道へと踏み出す。
「近づいてはいけない。」
先生に、強く肩を掴まれる。
ああ、あれは違う世界の住人。賑わいに誘われて現れたのか。
先生に会った13歳の春。奇妙な親近感と安堵、同類の匂いを感じた。奇異を見る瞳を持つ者……。
「先生は、今日も遅い?」
「まあな。先に寝ていなさい。」
家の前で別れた先生は、闇に溶けていく。夜のイキモノ達の診察へ出かけるのだ。
カアカア
姿の見えないカラスが2度、低く鳴いた。
[了]
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