夜の診察

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【幽霊ビル】 通学の途中。 毎朝、近くを通りかかるビルに変わったものがいる。やたらと長い信号待ちをする間、僕はそれを眺めるのが日課になっている。 ビルの壁を伝い、屋上から地上まで行ったり来たりの黒い影。 ざんばらの髪を振り乱す生首。 首だけの幽霊。 ぽんぽん、と自らを弾ませて壁を登っていく首。天辺まで行くと、またすぐにボールのように弾んで、ぽんぽん。生首は地上へと降りていく。繰り返し繰り返し。 はたから見ていると少し楽しそうだ。幽霊もああやって、暇つぶしをしているのかもしれない。ビルの屋上か地上に誰かがやってくるまで。憎い相手や無用心な人間が側に近付くまで。 生首を見ながら、そんなことを僕は考える。 街灯にとまるカラスが、僕と同じ方角を眺めている。生首が見えるのだろうか。 羽ばたいたカラスは一直線に、生首へと向かっていく。 カラスと生首がぶつかり合い、一瞬もみあった後。羽ばたく影は、再びばさばさと僕の頭上の街灯へ戻って来た。 まだ朝なのに。夕日を浴びたごとく、てらてらと鳥の体は濡れている。 口ばしにくわえた丸いものをごくんと飲み込み、カラスはいずこかへ飛び去った。 その日以来、ビルの壁面を弾む生首幽霊は、ふっつりと姿を見せない。 きっと目玉を片方、カラスに盗られてしまい難儀しているのだろう。復讐心に燃えて、カラスを追い回しているのかもしれない。 僕はビルを眺めるのをやめ、自転車を漕ぎ出した。 つまらない。 明日から通学路を変えて、また別の変わったものを探そう。 [了]
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