夜の診察

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【動物園】 日増しに増える空の檻。減っていく職員。 まもなく閉鎖されることを知ってから毎日、僕はこの動物園に通いつめていた。 黄昏の中を歩く。一人でうろうろする僕は相当怪しいんじゃないかと、自分でも少し思い。携帯電話を構え、適当に写真を取っているふりをする。 小さい頃に何度か来た動物園。本日限りで消える場所。でも懐かしさや名残惜しさに駆られてやって来たわけではない。 珍しいモノが観れるから。 柵の向こう。主のいない檻。動物たちは他所へ移動したはず……だが。さわさわと影がうごめいているのが。僕にはよく見える。普段は生あるモノに隠され、滅多に見えない存在たち。 外の世界を知らない獣は死んでからも尚。檻から離れられないのか。 僕にはあるまじき哀れみの心持ち。センチメンタルな気分に浸る。 牙をむく山猫の檻。果たしてこの獣は本物だろうか? メスの白孔雀が眠る檻。こいつも生きているのか? 奥から現れたオスが、たたん、と足踏みをして僕を睨む。僕もその白孔雀を睨んだ。 胸を反らせて、白孔雀が飾り羽をさあっと開く。檻の中いっぱいに広がる純白。狂い咲く、大輪の薔薇のよう。 僕が見事さに息を呑むのと同時。 誇らしげに羽を広げる白孔雀の姿は突然、空に溶け。舞い散った。 メスの首がかくっと垂れて石の置物のように動かなくなる。 これは白孔雀の見ていた夢。動物園の檻が見ている夢。いや、僕の存在さえも夢? 雨が降り出す。細く冷たい、絹糸の雨。 園内の客が数名、出口ゲートへ走っていく。僕が最後の客だ。作業着姿の中年男性が、深々とお辞儀をして見送ってくれる。 「ありがとうございました。」 一度だけ振り返る。 霧雨が全てをおぼろにし僕の背後を白い敷布で覆い隠していった。 [了]
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