002

2/16
前へ
/71ページ
次へ
 テウスは裏庭で無心になって腕立て伏せをしていた。呼気は荒くて全身を汗が濡らしていたが、慣れたものでその間隔は常に一定を保っていた。  まだ彼以外に人気(ひとけ)を感じさせない時間帯。まだ白い空から今日初めて顔を出す太陽が何のために植えられたのかわからない庭の二本の木を掻い潜り、他に比べると日焼けしていない彼の背を照らしていた。  ふわりと香る花の匂いなど意にも介さず彼は真剣な面持ちで鍛錬を進めてゆく。 「六……七……」  テウスの手と足が置かれた場所だけその形に凹んでいる。付着した黒っぽい土を構うことなく彼は続ける。 「八……九……十っと」  これで早朝の訓練は終わり。  テウスは両手についた土を払って立ち上がり額の汗を拭った。彼の纏っている唯一の衣服である七部丈のズボンは汗が染み込んでずしりと重く、そのために中のパンツも肌に張り付いている。彼は少しだけ柳眉を寄せて自身の茶髪を掻いた。最近切っていない所為か、肩まで伸びたそれは彼の不快感を余計に煽った。  一年を通して布団にくるまっておきたくなるような気候からあまりぶれない魔の国『フォールス』の首都『サリーナ』。しかしそれでも、やはり日較差というものは存在し、例に漏れず朝と夜は肌寒さを感じる。吹いた一陣の風が彼の無駄な脂肪のない上半身を撫でて冷やした。  こんな時、自分も火球を作れたら便利なのに。ふとそんなこと思い、テウスは自嘲するように口元を歪めた。  この都市を分断する水路は広く流れが緩い。  その水路にタオルを浸し、汗ばんだ体を拭いた。不快感と熱気が拭われ、代わりに爽快感が埋め合わせをする。  顔を上げると、テウス以外にも顔を洗う人や水を汲む人などが散見された。とはいえ、昼間に比べればほとんど無に等しい。ふらふらと視線を彷徨わせて、求めている姿がないのをわかり、テウスは少し気を落とした。 「……ふう」  テウスは息を吐いて伸びをした。反り返った背から鳴る音が子気味よい。  頭をあげるとまだ白い空が見えたが、しかしすぐにそれは視界から消えた。 「おはよう」  そこには女性の顔があった。そして彼女は空いている手を振った。彼女の腰にある短剣がガチャガチャという音を鳴らした。  テウスは数回目を瞬いた後、慌てて下に置いていた黒い無地のシャツを着た。。 「今日も鍛錬だったの? こんな朝早くから」
/71ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加