27人が本棚に入れています
本棚に追加
/71ページ
そう決意を固めた兄は、自分が生きている限り妹を幸せにする、と決意を固めた。彼が、『兄』でいるために。
二人は、お互いに大人になった。
もうすでに彼と、両親との縁は完全に切れている。両親は他界したのだ。しかし、彼の『家族』である『妹』とは仲良くやっていた。
「ねえ、私は兄さんを愛しているわ。たぶん、誰よりも」妹がコーヒーを啜る。そんな姿を見て、彼は自分が優しい気持ちになっていることに気が付く。少しだけその心を揺らすのは、妹がまだ良き伴侶を見つけていないということくらいだ。
「急にどうしたんだい? まあそうだね、オレもだよ」
「でも、ずっとそうであってくれないと困るわ。だって、兄さんは私の大切な人だもの」
「もちろんさ。君は俺の唯一の家族なのだからね」
「ええ、兄さんと私は家族ですもの」
妹は贔屓目に見ずとも美人に育った。
真っ直ぐな濃い赤色の髪を巻いてしまったことは兄としては少し嬉しかったが、彼と妹に血の繋がりは無かったが彼が妹に恋愛感情を抱くことは無い。そこにあるのは、ただの『兄妹』のみ。否、だからこそ良いのだ。
二人とも別の場所に住んでいたが、時折お気に入りの喫茶店でコーヒーを飲みながら談笑をする。そんな浩然とした幸せな時間がずっと続くだろう、と疑いもしなかった。最近まで世界情勢が不穏だったが、ここ最近は復活の兆しを見せている。なにげない会話をしながら妹の愚痴を聞く。そんな時間が『家族』を彼に感じさせ、それはまさしく幸せだった。もう、自分は独りではないのだ、と思えた。
しかし。
終わりは突然のことだった。
彼がふと窓の方を向くと、辺りは一面紫の霧に覆われていた。町を歩く人々の皮膚が爛れて次にはドミノのように倒れ伏してゆく。目玉が、鼻が、耳がぽとりと落ちてすぐさま蒸発する。四肢が無事な人間はいない。
――いや、あれが果たして人と呼べるのか。鮮やかな紫色の汚泥のような皮膚が、雑巾を壁に思い切りぶつけたような音をして落ちてゆく。
被害があるのはどうやら人だけらしい。家や木々はなんら変化ない。
「う……」
先ほどまで彼の一部になっていたコーヒーが逆流してきて思考が遮られた。
訳がわからない。自分は悪夢を見ているのだろうか。しかし、目玉店内では真っ青にして口に手を当てている人もおり、夢とは到底思えない。
「窓を閉めろ!」
最初のコメントを投稿しよう!