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(まさか本当に俺達は死んでいる?)
彼は困惑した。
しかし、それをする暇も無くなる。
すでに次なる絶望が大群となって迫っていたから。
「な……んだ、あれは?」
それは恐怖のためにか余りに小さな声だった。だが、この喧騒の中で、なぜかよく響いた。
この中にはどうやらいろいろな国の人がいるようだ。偶然、先ほどの男性と同じ言語圏の彼や妹には男性が何を言っていたのがわかっているのは当然だ。だが、別の言語圏の人には先ほどの意味はわからなかったはずなのに、どうしてか男の言葉がこの場の全員に伝わった気がした。
化け物たちが、取り囲むように当然沸いて出た。
次に待っていたのは悲鳴の渦だった。
次々と逃げ惑う人々や腰を落とし祈るような仕草を見せる人々。しかし、野生を捨てて人間の本能がどこかで伝えているのだろう。神にでも祈らない限りもう逃げられない、と。
一斉に化け物たちは天を裂かんばかりに不気味なきいきい声をあげた。空気が痺れ、一瞬の静寂が辺りを包んだ。しかし、それは知覚するまでの一瞬でしかない。
すぐに阿鼻叫喚の地獄絵図となった。
頭を振り現実を逃避するもの、化け物の間を縫うように逃げようとするもの。それぞれが塵のように周囲を慌ただしく広がってゆく。
獣――そんな可愛らしいものは不適切だ。彼の知識に無い蟻のような『化け物』が、全員を囲っていた。
その数、十を有に超える。
蟻のような体をしているが、あれを蟻と呼びたくはない。自分達(ひと)と比べたら、まさしく大小関係を逆にした蟻と人であり、見上げなければ滝のような涎をたらす蟻の頭部が見えないほどの巨体だ。
ぎちぎち。ぎちぎち。
人の神経を逆立てる金属音を蟻の歯が鳴らす。
赤く狂気に染まった瞳が獲物を前に嗤った。
足は六本だが、一本一本が人の腕と同じくらいの太さがある。
全身をまとう体毛は青く尖っており、先ほど逃げ出そうとした人を針の筵と化し付着した血を不気味に光らせていた。
ばりばり。ばきばき。
これは、骨が砕ける音。それは、『人だったもの』が発するものだった。蟻は、巨大な触覚を手のように操り口に人を運んでいる。祈りを捧げている女性も、腰が抜けて動けない彼と違い、勇敢にも立ち向かっている男性も。貴賎無く平等に。
ついに、自分達が絶望する順番が来たようだ。
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