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蟻は、まるで彼らを最後のデザートとして堪能するかのようにこちらへゆっくりと歩いてくる。辺りの景色は緑から赤へと変化していた。
足が震え、唇が乾く。
(どうしたって、勝てない)
巨躯が彼の視界から太陽を奪った。蟻の口からは人の血が葉の上にのった雫のようにゆっくりと落ちて彼の頬にかかる。
辺りに振りまかれた死臭が厭が応にも彼に死を予見させた。
(無理だ)
足が震え、全身が総毛立った。
(でも)
ちらり、と見た彼の腕を掴んでいる妹は震えていた。もし、あの霧で死んでしまって死後の世界にいるのなら、先程、妹を守れなかったということだ。
だから、今度こそ。
――妹を、守る。
なぜなら彼は『兄』なのだから。
「っあああああああああああああ!」
蟻たちに負けぬよう彼も叫んだ。叫んだだけでどうなる訳ではない。
しかし、彼の中には一つの確信じみたものがあった。この状況をひっくり返してしまえるほどの一手が。
これを使えばどうなるかわからない。なにかが、壊れる。
(かまう、ものか)
ただ、『妹』――『家族』のために。彼は唱えるのだ。狂気にその身が堕ちようとも。己が唱えた誓いは死よりも重いのだから。
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