嵐の予兆

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「おい、そこ荷物おいとけ」 「は~い」  先輩乗組員の指示に、間の抜けた声が返事をする。 「だらけんな、アーミス!」 「いつも通りですけどぉ」  アーミスは、先ほどと同じ、眠そうな声で先輩の小言を交わした。 そんなのは日常茶飯事なので、先輩もそれ以上突っかかろうとはしない。 「今日はどっかの国の王女様ご一行が乗ってるんだからな、くれぐれもお客様の前ではダラダラすんなよ」 「分かってますって。そこら辺に置いては完璧でしょ?俺。」 「まあ……な」 悔しそうに唇を噛む先輩を見、アーミスはニヤリと笑った。  これでも、客への外面には自信がある。特に、この船によく乗ってくるおば様方の人気は、船内でも1、2を争うほどだ。  豪華客船「ラ・フローレ」 国内外のVIP御用達のこの船で、アーミスは産まれた時から生活してきた。 父親がこの船の船長なのだ。  子守歌と言ったら波の音だし、揺れる地面が当たり前。嵐を抜けてきたこと、多数。  この船の事なら何でも知ってる。大金持ちのおば様がよく利用することから、全ての抜け道。  ここは故郷であり、世界。 俺の全世界は、この船の上。 そう言っても過言ではないほど、俺はここで生きてきた。 (王女様、ねぇ) きっと、宝石ジャラジャラつけて、「おーっほほほ」とか言って、厚化粧のくせにものすごいブサイクなんだろな。 「うえっ」  想像したら、吐き気をもよおした。 「何やってるんだ」  先輩達の視線が痛い。 「いーえ。ともかく、大丈夫ですよ。お客の前ではちゃんとしますから」 「よし、それならいい」  先輩風を吹かす先輩達に、俺はせめてもの奇襲。 「じゃ、今はダラダラしていいって事ですよね、お客いないし」 「おい!そう言う事じゃ…」 「あれぇ?海の男に二言はないんじゃないでしたっけ?」  先輩の口癖をまねると、問答無用でげんこつが落ちた。  ___こんな生活が        好きだった。  豪快で優しくて、面白い先輩達と働くここでの生活が。  俺は、ここが好きだった。  気づいたのは、もう全て、 なくした後だったけれど。
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