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幾つか空いたカウンターの席に遠慮がちに腰を落とす。
すかさず、
「いらっしゃいませ!あら?お客さんはこの店初めて?とりあえず当店自慢のビールはいかがです?」
可愛いらしい笑みで話しかけてくるウェイトレス。
生まれて初めて体験する店に接客、楽しみたいが腹が減ってる上にお金がない。
どう説明しようか思い始めた時、
「こらこら、ミワ。お客さんが困ってんだろうが。
すまないね、お客さん。何か訳がありそうだが、腕相撲大会に参加したいのかい?」
さすがはマスターといった所か、物言いは乱暴だが店を差配しているだけはある。
ハルの様子に気付いていたようだ。
「そうなんです!実は田舎から出てきてお金を持っていないんです……腕相撲ならもしかしたらチャンスがあるかもしれないと思って……」
「ほぉ、田舎からね……確かに体つきは良さそうだな。しかし腹が減っては戦は出来んだろ?ダグラスに来た祝いに奢ってやるよ」
マスターの気前のいい言葉に真っ先に反応したのはミワだった。
「え!?マスター本当にいいんですか!?」
心底驚いた様子のミワにマスターは苦笑いだ。
「おいおい、人をドけちみたいに言うんじゃねーよ。
まぁ、気紛れにはちげぇねーがな。お客さん、適当に見繕ったもんでいいよな?」
ハルに是非もない。
「はい!ありがとうございます」
カウンターに深々と頭を下げるハルを見てニッコリ笑ったミワ、その様を親のように見守るマスター。
このカウンターの空間だけ、周りの熱狂の渦とは別に穏やかだった。
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