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扉を軋ませ入った先は静謐な空気で満ちていた。
高い天井には天使の舞う優雅なフラスコ画が描かれ、広い部屋の南には大きな縦長の格子窓が付けられ、気持ちの良い春の日差しを通していた。
日差しを受けた赤い絨毯は燃えるようでありながら静かに佇む様は威圧する美しさがあった。
その美し過ぎる絨毯の上や年季の入った家具の上で、部屋を飾るオブジェ達に統一感はまるでないが、素人目にも分かる気品が漂いさながら芸術の祭典。
美など解さぬハルにさえ、そこにあるものは惜しみ無く美しさを見せつけ圧倒した。
「……すげぇ」
自然と漏れた一言にこの部屋の主が反応した。
「ふん、田舎者にも分かるか?ここに居並ぶ珠玉の宝の価値が」
ハルの正面、部屋の奥に置かれた重厚な机の後ろの大きな背もたれ前に赤茶色の髪をアップにしたとても50を越えたようには見えない美しい女性が頬杖を突き、怪しい笑みに品定めするような目付きでハルを見つめていた。
キリッとした瞳に高い鼻、赤く潤んだ唇は薔薇と称されるのに相応しい。
しかし、時を止めたかのような美貌にハルはたじろいだ。
目が合い、ハルはその妖艶な雰囲気にゾクリとした。
「お前さんがハルか、ふむ、聞いていたよりいい面構えだな。幼さを残すが何か力を感じさせる……ふふ、いい男でないかい」
にやっと笑う顔は恐ろしくも美しく、高めの澄んだ声は若々しい。
ハルは聞いていた話とは違う印象を受けた。何をどう話したら良いのやら、ハルが言葉に詰まっているとアンリエッタの方から水を向けてくれた。
「それで?マクベス商店のことで聞きたいことがあったんだろ?」
「あ、ああ!そうだ、そうなんだ。マクベス商店を探してたんだけど見つからなくて、そしたら偶々バースコートに会ってマクベス商店のことを聞いたら誰もいないし店も開いてないって言うし……アンリエッタさんなら何か知ってるんじゃないかと思って」
ハルはマクベス商店を探すことになった事情を省いて、ここに来た経緯だけを伝えた。
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