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川野さんの視線は冬の乾いた青空に向いていた。
その空の向こうに、かつての夫の姿を見ているのだろうか。
「夫が亡くなったとき、ナツミはまだ3歳になったばかりでした。夫のことをあの子が覚えているかどうかはわかりません。でも、やっぱりぼんやりとした記憶がナツミの中にあって、それを広田さんに重ねているのかもしれません」
「……それはあなたもですか?」
川野さんは小さく笑っただけで、返事をしなかった。
その後、僕たちは少し話をしてから、それぞれの部屋へ戻った。
今日は久しぶりの休みなので、ナツミと近くの海浜公園へ遊びにいくそうだ。
広田さんも一緒にどうですか、と誘われたが、僕は丁重に断った。
せっかくの親子水入らずの時間を、僕なんかが邪魔してはいけない。
川野さんは話の中で、自分は中学までしか行ってないので、ナツミはどんなことをしてでも高校まで行かせる、と言っていた。
中卒は就職において大きなデメリットになるし、そのことは自分がよく分かっている。
だから、ナツミには同じ思いをさせたくない。
「でも、やっぱきついこともあるんですよね?」
川野さんは、まぁ、と寂しく笑った。
「正直毎日きついです。でも、朝にナツミの笑顔を見たら、今日も一日頑張ろうって思えるんです」
そう言った川野さんの目は、強い母親の目だった。
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