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それ故、新聞の記事を見たときに、これはお向かいさんのことではないかと本気で思い、外の様子を見に行ったくらいだった。
幸い、そのようなことはなかったけれど、生活は相変わらず厳しいらしく、冬に入った頃には、母親が朝に帰ってくることも稀にあるくらいだった。
冬のある日の夕方、僕がバイトを終え、自室があるアパートの2階へ行くと、3階へと続く階段の途中に例の娘さんが身を小さくして座っていた。
まだ僕の存在に気づいていないのか、僕が隣に来ても俯き加減のままだった。
「よっ、どうした?」
帽子を軽く叩くと、ビクッと体を震わせ、僕の顔を見上げた。
初めて顔つきをまじまじと見たが、母親に似て鼻筋が通っていて、整った顔立ちであった。
初めは、知らない人だと思ったのか、警戒する目つきであったが、すぐに向かいの人だと認識したのか、安心したように口を開いた。
「あのね、鍵忘れちゃったからね、お家に入れないの」
「はぁ……なるほど」
大方予想はついていたので、別段驚きはなかった。
日はとっくに沈み、だんだん冷え込んでくる時間帯である。
「じゃあ、ウチ来るか?」
「えっ……いいの?」
ナツミは驚いたように、大きな目をぱちくりさせた。
「いいとも。ウチ何もないけどな」
僕が苦笑すると、ナツミは、でも……とわずかに表情を曇らせた。
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