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間違いない。
「どうやらこの世界は、俺が三十一回目に経験した世界と同じ場所らしいな。自分を封印した魔法使いを後継者に生むなんて、こいつにとっちゃ皮肉だな……」
父の亡き殻にもう興味はなく、背を向けて俺は歩きだした。すぐにルシフェルも後ろを追いかけてくる。
「ルシフェル、この城を出るぞ。そろそろ部屋でごろごろするのにも飽きた」
歩きながら、俺はルシフェルに言う。
「前世の俺が死んで何年経ったか知らないが、まったく知らない世界って訳でもないようだしな。外にもそれほどの危険はないはずだ。とりあえずギルドにでも行って、ひと暴れするのも一興だ。魔王だし、大殺戮も良いな」
前回は正義の味方だったが、今回の俺は悪役だ。
自分の救った世界を、自分で破壊するのも面白い。
そんな妄想をしてにやにやしながら廊下を歩き、玄関ホールへと踏み入れる。縦に五メートルはあるであろう巨大な扉には、光り輝く複雑な魔法陣が描かれていた。
「何あれ?」
「この世界における最高ランクの魔封じの陣だ。前世の俺が引いた。魔王を封印するためにな」
ルシフェルの質問に答えながら、俺は右手を魔法陣に翳す。
ゆらゆらと独特の動きで手の平を揺らめかせると、綺麗な曲線を描いていた魔力の糸がほどけてぐちゃぐちゃと絡まった。
「まぁ、この魔法は俺がつくったオリジナルなんだけどな」
最高ランクとはいえ、自分で組んだ術式を崩すことなどたやすい。
滞りなく作業は進み、一定まで崩すと魔法陣は力を失って消えてしまった。
「ん、終わり。行こうか」
脚を軽く上げ、男にしては高い靴の踵で扉を蹴る。見た感じは大した力を込めていないように見える動きだが、これは魔王の蹴りである。封印が解かれ、ただの金属の塊となった扉は、いとも簡単に開いた。
記憶を辿る限り、魔王城は確か巨大な山々に四方を囲まれた窪地にあったはずだ。土や岩が黒っぽい鉱物であるためにその山々は黒く、さらに太陽がその色に反射して魔王城は年中薄暗い。
七十も前の人生なのに俺がこんなことまで覚えているのは、俺が『絶対に忘れない』からだ。
あの意地悪な神のつけた不必要な能力。
希望も絶望も、忘れれば過ぎ去る。
事実、俺が幸福を忘れることができたなら、ここまで貪欲にバットエンドを望んだりしないだろう。
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