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仲良くしていた人間の友人も、よく行っていた店も、美しかった噴水も。
何も残っちゃいなかった。
世界に置いていかれたという疎外感。
振り返っても友人の死体さえ見つけられないという、孤独感。
そして、何もかもが空っぽになってしまったと錯覚するような、強烈な喪失感。
五十九回目の生涯、それまでの五十八回でひとの死には慣れたつもりだったが――面影も跡形もないそれに、俺の胸は酷く痛んだ。
今の俺の心境は、規模は違えどその時のものとよく似ていた。
何を期待していた訳でもないが、でも俺の知る景色がもう無いのかもしれないと思うとあまり元気になれそうもなかった。
自分の救った世界を自分で破壊するのも面白い、なんて考えていた俺だけど、もしかしたら俺が救った世界はもう形を変えてしまっているかもしれないのだ。
そう考えると、全然面白くはない。
せっかく綺麗なエンドを迎えた物語に、望んでもいない不必要な続編がつけ足された、そんな気分だった。
「……お」
そんなルシフェルの呟きの直後、今まで広葉樹に囲まれて薄暗かった視界に、柔らかな光が射した。
森を出た訳ではないが、目の前を灰色の石を敷き詰めた馬車道が横切っていた。
遠くない何処かに、ひとが住んでいるようだ。
「右か左か。どうする、御主人様?」
ルシフェルの問いに俺は左右を確認するが、どちらも右の先は見えなかった。
となると。
「ルシフェル、空飛べるか」
「へ?」
「神の奇跡を使って、飛べるかと聞いている」
「……あー、無理。すっかり忘れてたけど、堕天使は飛ぶことは許されてねーんだ」
ルシフェルは申し訳なさそうに、人差し指で頬を掻いた。
またよくわからない理屈だが、まぁ無理なものは仕方がない。
近くを見回してもあたりを見渡せるような背の高い木もないし、俺はならばしょうがないと適当に決定する。
「左」
理由はない。本当に適当。
あえて言うなら、勘。
馬車道を左に進んでしばらくすると、森以外の景色が広がった。
左手にはまだ森だが、右手にはそう遠くない馬車に海が見える。
さらにその海には、帆船のようなものが数隻浮かんでいた。
もしかすると、港が近いのかもしれない。
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