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「……考えておく」
「そうした方が良いでしょう」
そう言って、レリーは自分の背中に鮮やかな赤い紐で縛りつけていた細長い物を、ひょいと手に取った。
先程からまさかとは思っていたが、それはどこからどう見ても箒だった。
長さはレリーの背の高さとほぼ同じ。明るい色をした木製のもので、柄の部分には百合をモチーフにしたであろうシンプルな装飾がなされている。毛の部分は、小枝ではなく艶やかな動物の毛だ。
聞くまでもなく高級品。恐らく――というかほとんど間違いなく、掃除のために作られたものではないだろう。
「何それ? 箒?」
ルシフェルが興味深げに聞いた。
「はい。老舗魔道具メーカー、グレードベリーの一点物の箒です。少々値段が張りましたが、結構良いでしょう? 気に入っているんです」
レリーは緩く微笑み、その箒の柄をするりと撫でた。彼女はあまり表情を変えないために、笑ったのを見たのは今が初めてだった。
「グレードベリーとかはよくわかんないけど、その箒、確かに綺麗だな」
ルシフェルに褒められ、レリーはさらに機嫌を良くしたようだった。
「ありがとうございます」
微笑みはそのままに礼を言い、レリーはその箒を掴む手にぐっと力を込めた。
「!」
瞬間、レリーから箒へと魔力が流し込まれているのに俺は気がつく。魔力が流し込まれると、毛の部分に魔法陣がふたつほど浮かび上がって箒はふわりと宙に浮いた。
魔法陣は俺の知るものと同じ形式で描かれていて、成る程と俺は納得する。
魔法陣の片方は浮遊作用があり、もう片方には魔力操作の補助作用がある。
つまり前者で浮遊し、その際の魔力量を後者でコントロールして思い通りに浮かばせる。それが、あの箒の仕組みなのだ。
しかし、何故あの魔力は俺のように消失しないのだろうか。もしかして、何か物を媒体にすれば消失しないのか?
俺が考察しているうちに、レリーは自分の腰と同じくらいの高さに浮かぶそれに軽やかに跨った。
「それでは、私は少し急ぐことに致します。貴族社会は意外に狭いですし、また会うこともあるでしょう。事実、来学期から私の弟も学院に入学しますし、私の話を聞くかもしれませんね――それでは、ミッシレ様、メートルリットル様。良い旅を」
そう言い残し、レリーはローブをはためかせて王都の方角の空に消えていった。
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