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とある世界のとある町、そこにあるこじんまりとした教会で、たった今私は息を引き取ろうとしていた。
昔は勇者とともに悪の権化とも言うべき魔王と戦った私は、白いベッドに横になり、途切れ途切れに呼吸を繰り返す。
若い頃にいくら魔王と戦ったとはいえ、今はもう土いじりが好きなただの老婆。寿命には勝てない。
ベッドの周りには私に恩を受けた者達が集っていて、最期を見取ろうと哀しそうな眼差しを向けていた。
その中には、勇者もその妻も、その親友の姿すらない。私よりも先に、天に召されてしまったのだ。まぁそれも当然か、私の齢は百を十ほど超えているのだから。
「――私は幸せだった」
私はそう最期の言葉を切り出した。
そこに集まっていた者達は、一言も聞き漏らすまいと一斉に私に注意を向けてくれる。有り難い。
「一生の仲間にも、友達にも出会えたし、誰もしたことがないような冒険もした。幸せだった」
絵に描いたような、ハッピーエンド。
今にも死にそうだというのに、私の目に溢れてくる涙。
涙でぼやける視界を億劫に感じ、ゆっくりと目を閉じる。すると、自然に口角があがるのを感じた。
多分、自分は微笑んでいるのだと思う。
「とても、幸せだった」
繰り返してそう言って、その言葉を噛み締めて――そして私は開眼し、高らかに笑った。
「あは、あはは! はは!」
そんな私の様子に異変を感じた者達が顔を見合わせたのがわかったが、でも私は笑うのをやめなかった。
「あはははははははは! 幸せだったなあ! とってもとっても、幸せだったなあ! あはははははははは、あははははは!」
そして最期に、私はこの人生のすべてを蔑み、叫び、死んだ。
私の最期の最期の遺言は、この人生に受けた信頼全てをひっくり返すようなこの一言だった。
「幸せ過ぎて、反吐が出そうだ!」
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