409人が本棚に入れています
本棚に追加
と、すれ違う馬車の御者が、馬車道で足元に薔薇を敷き詰めてわたわたしていた俺をとても怪訝そうな目で振り返っていたのが見えた。
「…………」
しかもこういうときに限って、ルシフェルは魔法陣に興味津々でとても静かだった。
決まりが悪過ぎる。
咳ばらいをしてごまかし、「それでだ」とルシフェルに言う。
「魔法が使えるなら予定を変更して、魔王城に一度戻ろうと思う。風呂に入りたい」
昨日はギルドで一晩を過ごしたのだ、風呂なんて入っているはずもない。魔王の身体は人間よりも汚れにくいが、それでも綺麗好きな俺としては気になる。
「戻れんの? あんな上空に」
言いながら、ルシフェルは薔薇をわさわさとかき集める。
何でそんなことをしているのかは謎だが、とりあえずホスト顔が燕尾服で薔薇を抱えているのはとても様になっていた。
「魔王城と俺は常に繋がっているからな。転移魔法陣を組めば、すぐに戻れるはずだ」
という訳で、俺達は近くの林の陰に隠れた。さすがに道のど真ん中で転移魔法陣組むのは目立つ(何しろあれは結構大きい)。
「ルシフェル、もっとこっち来い。離れるな。下手したら置いてけぼりくらうぞ」
たんぽぽ一輪のつもりが薔薇の絨毯。残念ながら俺の魔力コントロール率は初心者レベルだ。
「待って待って!」
薔薇を腕いっぱいに抱えて、ルシフェルが俺の側へと駆け寄る。
「……何でそんなもの持ってきた」
呆れながらルシフェルに問いつつ、俺は先程と同様魔力を靴に流して地面を蹴る。
「薔薇風呂すんの! 何かの漫画で見てから、一度はやってみたくて」
「ふぅん。ま、俺的にあれは微妙だけどな。ちょっと香りがきつすぎる」
地面に展開されたのは、直径三メートルほどの輝く魔法陣。先程の失敗を教訓に見直したが、問題も障害もない完璧な転移魔法陣。
「え、御主人様って、薔薇風呂やったことあんのか?」
「阿呆、あるに決まってるだろ。何回生きてると思ってんだ。薔薇風呂くらい、飽きるほど経験した」
女帝の時に。
俺は魔法陣の点検を終え、踵でもう一度魔法陣を蹴る。それを合図に魔法陣は光り輝き、転移魔法が発動する。
「へぇ……。じゃあ経験豊富な御主人様的には、何風呂が一番良いの?」
「一番? 一番はやっぱり……、五右衛門風呂だな」
「……渋いな」
そんな会話を最後に、俺達はその場から消え去った。
◆ ◆ ◆
最初のコメントを投稿しよう!