とある名家の兄弟達

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 それに、剣の腕前には自信があった。僕の実力は、すでに講師を抜く程のものにまで、上達していたのだ。  だが、長子として、最高の教育を受けてきた兄上の腕前も、意外なものだった。大の大人ですら圧倒する僕の剣技に、付いて来たのだ。  計算が崩れたが、しかし、僕は負けなかった。この男に負けたくない。絶対に。例え刺し違えてでも、必ず勝つという執念だけが、僕を動かした。  足払いに引っ掛かって、身体が倒れた時には、流石に心臓が冷えた。   だけど、見出した隙を逃さずに、致命傷を負わせることに成功した。  僕は────────────勝ったのだ!!  地下から地上へと戻り、血みどろのまま、僕は屋敷内を駆けた。静まり返った無人の廊下を走り、そして、父の書簡を押し開いた。  月を眺めていた父は、驚いたように僕を振り向いた。  同じ銀色の眼を軽く瞠目する父に、僕は舌を動かした。 「父上!!やりました!!これで、どうかこの私を、オールドセイル家の後釜にしてください!!」 「私こそが、父上の後継に相応しい器でございます!!ウィリアムなんかより、私の方がずっと才能があります!!」 「父上!!私を見てください!!この、ヴィンセント・オールドセイルだけが、貴方の息子です!!」  天にも昇る快感だった。  荒波のような興奮が、噴火する山のように、昂ぶっていた。  そんな僕を────────父上は、冷たい目で、見つめていた。 「そうか」  たった、その一言だけだった。  快感も、興奮も、その一言だけで、沈着した。  父は、僕から視線を外した。 「ジャック」  父の口から、僕じゃない名前が出た。  僕と父だけだった空間に、部屋の隅から、父の声に召喚された男が、幽霊のように姿を現した。 「ウィリアムを探せ」 「御意(イエス・マイロード)」  父の懐刀は、また部屋の隅へ消えた。  立ち尽くす僕の横を、父上は無表情で、通り過ぎて行った。  ショックがあまりにも大きかった。僕はしばらく、思考が停止していた。  人間、驚きすぎると、頭の中が真っ白になるとは言うが、僕はその体験を、生まれて初めて身にした。  気付けば、部屋に戻っていた。その間の記憶は、朧気だった。  それからも、ただ何にも考えられずに、僕はただ、部屋に閉じこもっていた。
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