とある名家の兄弟達

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 確かに、兄上の眼は、震えていた。  そして、わなわなと震えるその唇は、動いていた。  確か───────────。 ────ヴィンセント。  押し留めなく蘇る衝動に、部屋の中で、思う存分に暴れた。  今まで築き上げた勲章や表彰も、全部打ち砕き、破り捨ててやった。  兄を刺した剣で、ベッドを切り刻み、底から転がり倒して。ソファーも、応接用テーブルも、カーテンも同じようにしていた。  それだけで飽き足らず、デスクもまるまる倒してやり、陶器類は全て床にたたきつけて、本棚も全部倒してやった。転がった本を拾い上げては破り、もう一つ拾っては、同じことを繰り返した。  全てを破壊した部屋の真ん中で、打ちひしがれた。  僕は。僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は!!  なんということをしてしまったのか!!ああ、僕はどこまで罪深いのか!!  愚かだったのは、兄上じゃない────僕だったのだ!! 「兄上に、会いたい」  騒ぎを聞きつけて駆け付けたものの、僕のあまりの凶行に、震えて硬直していた家人達に、そう言った。  家人達に囲まれながら向かう僕は、さながら、ゴルゴタの丘に連れて行かれる罪人のようだった。  扉の前まで来たところで、僕は足に根が張ったように、動けなくなった。  今更、兄上に会って、何を話せというのだろうか。兄上は、僕を恨んでいるに違いない。のうのうとやってきた僕を、兄上は憎しみを持って罵倒するだろう。  結局、兄上に会うことなく、部屋に戻った。  部屋が修復作業に入っている間、僕は客室で過ごした。  過ごした、というには語弊がある。正しくは、ずっとベッドの中に閉じこもっていた。  外界と完全に感覚を遮断して、食事もとらず、排泄もせず、シャワーも浴びずに、ずっとベッドに入っていた。  使用人たちが、僕を外に出そうと、優しい言葉をかけてきた。だけど、どの声も、僕の頭の中に入って来なかった。  牧師がやって来たときもあったが、神の言葉を語るだけで終わってしまい、そのまま話をすることもなく帰って行った。  誰にも会いたくなかった。一人で、このまま死にたかった。  この罪を────誰かに、罰して欲しかったのだ。僕は。  何日過ぎたのかも解らないまま・・・・・・ふと、違和感に気付いた。
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