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兄上が、姿を見せていない。
意識が浮上したのなら、僕を殺そうと、刺客を放ってきてもおかしくないのに・・・。
嫌な予感が、本能をざわりと逆撫でしてきた。
僕は、何日ぶりかに、ベッドから起き上がった。
随分と足の筋力が落ちていて、歩くのが危うかったけど、自分一人の力で懸命に足を動かした。
兄上の部屋の部屋が近付いてくると、動悸がするようになった。吐き気も込み上がって来て、部屋の端に胃液を吐いてしまった。
だけど、行かねばならない。
壁伝いに歩いて、何時間もかけて、部屋へ向かった。
途中、僕に気付いた女中が、部屋に戻そうとしてきたけど、押し退けた。
やがて、目的の場所の前にまで辿り着いた。
また、恐怖が足元をすくって、全身を絡み取って来た。
逃げたい。ここから逃げたい。
いや。許されない。その目で、見なければならないのだ。
ドアノブに手を取った。身体が震えた。汗が流れ出した。呼吸がしづらくなった。心臓が苦しくなった。
両手に持ち替えて、震える手で・・・・・・遂に、押し開いた。
兄は────────部屋にいた。
様子がおかしいことに、直ぐに気付いた。
寝巻の格好で、床の上にぺたんと座り込んで、画用紙にクレヨンを走らせていた手を止めて、僕を見た。
「あ~!」
そして、僕と認めた瞬間に───────────子供のような笑い顔をした。
悲しみが押し寄せた。足元から崩れて、泣きわめいた。
慟哭する僕を、兄上は裸足のまま兄は近付いて、蹲る僕の上に身体を乗せてきた。
「ヴぃんす・・・」
兄上の身体からは、排尿の臭いが漂っていた。
隅に追いやっていた記憶の数々が、脳裏に鮮明に蘇って来た。
怖くて一人で眠れない夜を、一緒にベッドに入れてくれたのは、誰だっただろうか。
一人でいけない排泄行為に、いつも付き合ってくれたのは、誰だっただろうか。
物語を一緒に読んでいたのは、誰だったのだろうか。
怪我した時に、背負って運んでくれたのは、誰だっただろうか。
抱き締めてくれたのは?
キスをしてくれたのは?
誰でも無い・・・・・・ウィリアム兄上だけだった!!
兄上の名前を呼びながら、泣き叫んだ。
もう届きはしないと解っていながらも、ずっと、泣き続けた。
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