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掌をひらひらと振って、傍まで寄らせると、不機嫌まみれの頬を、突拍子もなくぐいっと引っ張った。
「まあまあ、いっつも気難しい顔ばかりして、まあまあ。こんな顔しか出来ない顔は、こうしてやります」
摘まんだ頬肉をくるくると、遠慮なく回す、至近距離の顔に、ユウのこめかみに青筋が立った。
「こんなところにも皺を作って。一生取れなくなっちゃいますよ。えいえい」
眉間にも指を突っ込んで、ふざけ混じりに皺を伸ばすナペレの手を、ユウはばしっと叩いた。
「人の顔をべたべた触るんじゃねえ!仕事は何だって訊いてんだよ、こっちは!無いなら俺は帰るぞ!」
「それもそうですね。少し待ちなさい」
憤慨して怒鳴るユウをさらりと受け流し、二人っきりの空間で、ナペレは誰もが美しいと賞賛する笑みを浮かべた。
「実はですね、貴方をここに呼んだのは、ちょっとした依頼があったからです」
「ああ・・・で、依頼書は?」
極秘情報でも関わらず、傭兵に対する依頼は全て、依頼書に発行されることになっている。
その筈なのだが・・・。
「これには少し込み入った事情がありまして・・・依頼書は発行していないんです」
「はあ?」
ナペレの言葉に、ユウは片方の眉だけ吊り上げた。
依頼書の発行は証明書代わりともなり、もしこの手順を踏み外せば、脱税の対象にもなりかねない。
そのことを、ナペレが一番良く知っている筈・・・・・・それなのに、それはどういうことなのだろうか。
怪訝に睨むユウに、ナペレは歌うような響きある声で、答えた。
「これから貴方に会ってもらう御仁は、私の古い友人でもあります。ですので、くれぐれも粗相が無いようにしてください・・・私が言えるのは、これぐらいです」
「はあ・・・」
「少々、というか、かなり掴めない方ではありますが・・・ですが、貴方ならきっと彼の人も気に入るでしょう」
「・・・で。その依頼人はどこに居るんだよ?」
遠慮の欠片のない、粗暴な言い方で尋ねた、その直後。
閉じられていた鉄の扉が、唐突に動き始めた。
ゆっくりと、音を立てて開いて行く扉の気配に、ナペレの後に、ユウは振り向いた。
静まり返る空気の中に、鼻を擽るのは・・・・・・上等な和香と、薄っすらとした煙。
開かれていく扉の間に立っていた長身の影を、ユウは直ぐ様見た。
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