小さな雛鳥と迷い猫

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 だが、精一杯見上げて、睨みながら言い返すユウに、男はふと、目元を和らげた。 「こら。礼儀知らずはどちらですか」  と、そこへ、それまで沈黙を通していたナペレが、持っていた杖で、ユウの頭を軽く叩いた。  ぽん。と硬い感触に、ユウはナペレを横目で睨んでいると、言い返された本人から、くつくつと、低い笑い声が漏れた。 「それもそうだな。其の通り・・・・・・申し遅れた。私の今の名は、ニリク・キャナリー。そこなナペレの旧知である」 「ふうん・・・聞かねえ名だな」  軽い態度で受け流すユウに、ナペレは一瞬目を丸くしていたが、反対に男は声を上げて笑った。 「そうかそうか。それでは、よしなに」 「おお」 「こら、ユウ!」  淡泊な返しをするユウに、隣のナペレが、名前で注意した。 「何だよ?」 「貴方という子は・・・そもそも、依頼人を相手にそんな尊大な態度でどうするのです?良いですか?何事も謙虚さというものが問われるというも・・・」 「よい。ナペレ。存外に愉しくなってきた・・・・・・この私に対してこの態度、益々気に入った」  もう一度葉巻を燻り、煙を吐いた。  その後に、男は愉快そうに細める金の瞳を、ユウの目に真っ直ぐ向けた。 「礼儀に乗っ取って、私は名を名乗ったぞ。次はそなたの番だ」 「・・・・・・Y・S」  流暢な口調で促す男に、ユウは不信感が拭えないまま、登録した時の名前で名乗った。  が、男は鋭く看破した。 「それはそなたの真の名では無かろう・・・私はきちんと名乗ったというのに、それでは釣り合わぬ・・・今もう一度問おう。そなたの、真の名は?」  霞のような不可視の靄が、鎖となって、ユウを真綿のように包んだ。  身体が何かによって縛られているような錯覚がして、その心まで囚われそうになりそうな、得体の知れない予感に駆られて、ユウは咽喉を若干震わしながら、答えた。 「・・・・・・ユウ・・・スウェンラ・・・」  名乗った後で、随分と、誰かに自分の名前を名乗っていなかったと、気付かされた。  指で弄んでいた葉巻をくるりと、ニリクは回転させた。  すると、一瞬で葉巻が檜扇へと姿を変えて、扇の先端でユウの顎を、くいと上げた。
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