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七月も中旬に突入した空気は、昼間は本当に蒸し暑い。
照り灼ける太陽に、澄み渡った青い空、呑気に漂う入道雲。そこへ加わるのは、蝉の大合唱である。
あの夜から四日が過ぎた。なのにどうしてか、襲撃は一度も来ていない。ぷつりと止んでいる・・・あの夜が幻だったかのようだ。
ずっと気配を張り巡らせていたユウも、不自然過ぎる程落ち着いた静けさに、警戒を研ぎらせない様に集中した。
結局夜になっても、あれは現れなかった。
リュウ専用の寝室の、開いた襖の影で身を潜めていたユウも、骨折り損のくたびれ儲けを感じながらも、そっと中を覗いてみた。
対象者は酷く怯えていて、風呂とトイレ以外に、部屋を出ようとしない。食事は、部屋の前に置かれても、食欲が無いようで、半分以上も残している。
廊下に置かれた膳のおかずがほとんど手付かずのまま放置されているのを一瞥した後、ユウは溜め息を吐いて、中へと入った。
「おい」
布団を頭から被って、山籠もりしているリュウに向かって、ユウはぶっきらぼうな語調で、初めて声を掛けた。
「食事を摂れ。護衛している間に餓死されちゃあ、俺が困るんだよ」
半ば命令するような口調であるが、だが、それまで山の中で息を潜めていたのが、ごそごそと動き出して、隙間から目を覗かせた。
恐々と言った様子に、ユウは踵を帰した。
その時に、爪先に角が当たる感触がして、視線を下に向けた。
部屋の隅に放り投げられていた絵本を眺めて、何を思ってか、それを拾い上げた。
「これ、借りておくぜ」
一言だけ残して、ユウは寝室を後にした。
板張りの縁側に腰を下ろして、手に持った薄い絵本を眺めて・・・表紙を開いた。
そこに描かれていたのは、油絵で描かれた小鳥の絵と、幼児でも読みやすいように配慮された大きな文字だ。
「・・・・・・それ、じいちゃんが書いたやつ」
終盤に差し迫った時に、没頭していた頭に、後ろから声が掛けられた。
肩越しに顔だけ振り向くと、先程まで籠城していた筈の少年が、真白い顔でユウの後方に立っていた。
「じいちゃん?」
それまで一度も話しかけられたことも無いのもあって、思わずユウは、反芻してしまった。
リュウは、病気にでも罹ったかと思われるぐらい、元気のない声で、返した。
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