小さな雛鳥と迷い猫

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「・・・・・・そもそもな。俺はずっと一人だったんだ。たった一人で生きてきた・・・それはこれからも変わらねえ」  平坦な声質で返されたその答えに、ニリクはふうっと、煙を吐き散らした。  ニリクから吐き出された副流煙が、ユウの肺に入って来て、独特の臭いを煙たがって、ユウは立ちあがった。  その場を過ぎる様、絵本をニリクに押し付けて、その部屋を後にした。  手元に押し付けられた絵本へと、ニリクは視線を滑らせ・・・・・・そして、金の瞳を曇らせた。  その数時間後。  すやすやと深く寝入るリュウの隣に、もう一つ無人の布団が敷かれてあった。  隣接するもう一部屋の蝋燭の灯りが、襖を全開にしたその部屋へと、こぼれている。  文机の上で、ぴんと背筋を張った姿勢で、筆を走らせていたニリクは、そっと置いて、文をしたためた。  それを文机の引き出しにしまうと、すっと腰を上げた。  枕元に立ち、蝋燭の灯りにぼんやりと照らされるあどけない寝顔を、微笑みながら目で楽しんで、そして後にした。  寝殿から邸を出ようとしたところで、屋根の上で寝ずの番をしていたユウが、ひょっこりと顔を出した。 「どこ行くんだよ?」  まだ少年のままの声に、ニリクはふっと小さく笑んで、庭に出ながら答えた。 「何・・・少々野暮用があってな。邸は自由に使っても適わない」  と残して去ろうとした間際に、そうそうと、思い出したかのように立ち止まった。 「・・・もし、私が帰らぬようなことが起きれば、一つ預かってもらいたいものがある」 「は?」 「このニリクが、最初で最後に手掛けた作品・・・・・・絵本のことだ。あれには深い想入れがあってな。失くすのが惜しい」  じゃあな。  そうとだけ残して、ニリクは庭から外へと向かって行った。  その後ろ姿を何も疑わずに、ユウは見送った。
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