小さな雛鳥と迷い猫

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******  氷の城の中を、ニリクはたった一人、無言で闊歩していた。  憲兵すら見当たらず、全くといっても過言ではない無音の世界を、歩いた。  城の中もまた、全てが氷で作られていた。  床も天井も壁も、柱も扉も、人の手が加えられたようには見えない程、精巧だった。  北の地域の伝承では、冬の神と結ばれた氷の女神によるものだと伝えられているが、確かにそう感じざるを得ない。  かつん。かつん。  たった一つ、自分の沓の音だけが、城中に反響しているのを耳にしながら、ニリクは感情を消し去った表情で、前へと進んだ。  そして・・・・・・巨大なアーチを抜けた後に広がる、巨大な空間へと足を踏み入れて、止まった。  そこもまた、全てが氷で作られていた。高い天井も全て。そして天井には、無数の氷柱が光っている。  ニリクの眼前には、氷の二つの階段があり、螺旋を描いたその上には、この城の主だけが座ることを許された氷の座があった。  そこに──────一人の女が座っていた。  真っ直ぐに長い髪は床まで広がっていて、まるで川のようだ。色は鋼であり、光沢があって美しい。白いファーの襟巻がついた外套も、その下のドレスも白一色であり、身体付きは華奢であり、衣の下には雪のように真っ白で冷たい肌があることを、ニリクは知っている。  全体的に細身であり、その腕も細く、指も長い。その長くて細い十本の指全てには、様々な色をした宝石が付けられており、両腕にも腕輪を、頭にも宝石のベールを被っていて、目が疲れる格好だ。  色が落ちたのではないのかと疑う程に薄い肌で、唯一色を失っていないのは、その桃色の唇だけ。その眼は固く閉じられていた。  盲目・・・・・・と、思われたが、女はニリクの存在を感知していた。 「・・・・・・来たぞ、魔女よ」  ニリクは鋭い眼光で女を射抜きながら、低い声音で吐いた。  反響するニリクの声に、女もまた、佇みながらも、呼び返した。 「背の君・・・・・・」  その声は、無機質なものだった。  夫と呼ぶその女に対して、ニリクは全く異なる感情を抱いていた。  鋭く睨むのは、高き座に着くその女の正体を知っていたからだ。
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