小さな雛鳥と迷い猫

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 氷の主であるその女こそ・・・・・・全ての『魔法石』の主であり、母たる存在。  北の魔女こと、『アイス・キャッスル』マスター────スプリング・ジュエルディーだ。 「この私を夫と呼ぶのか・・・・・・変わらず、怖い者知らずよの」  剣呑な色を含ませるニリクの声に、女は単調な口調で、返した。 「一度枕を交わしたとは言え、貴方様は間違いなく、我(わたし)の夫・・・・・・枕を涙で濡らさぬ日がありましょうか?況や・・・」  すらすらと並べるその声には、感情の起伏が見当たらない。 「その言葉を、他の男にも贈って来たのか?」  女を前に、ニリクはふっと、口の端を吊り上げた。 「単刀直入に言おう・・・」  それまで笑みを浮かべていたニリクの口元が、すとんと落ちた。 「────私の娘はどこだ?」  鋭い言葉の刃で、一刀両断に裂いた。 「・・・娘とは・・・・・・この我が、貴方様との、吾子を産んだということでしょうか?確かに我は、貴方様との御子をと望み、夢にまで視たことはありまするが、いやはや・・・」 「戯言を・・・そもそも、我が庇護下の子供を暗殺しようとせんとしたのも、私をおびき寄せるための餌だったのだろう?そのために、貴様は・・・私の娘を・・・」  すらりと躱そうとする女に、ニリクは全ての感情を取り払って、睨眼した。  本気だと示すその眼光に、女は無機質に答える。 「・・・宜しいでしょう・・・・・・ですが、貴方様が我のものとなると誓っていただければ、その願いを叶えましょう」 「ほう・・・」  魔女の誘いの言葉に、ニリクは口端を筋肉で持ち上げて、剣歯を見せた。 「この“ニリク”をものにしたいと・・・・・・どこまでも愚かな女だな。その唇は、この『ガーディアンズ』を愚弄したいと申すか?」  その声は数段低くなって、空気に重みを増した。  がたがたと、空気が振動し始めて、天井の氷柱からきしきしと、僅かな音が漏れ始めた。  鋭利に睨み上げるニリクに対し、女は無機質な表情のまま見下ろす。  軋みが最高点に達しようとしていた、その刹那。  ニリクが先に動いた。  衣の両裾より、夥しい程の量の霊符が飛び通い、螺旋を描きながら天へと昇る。  絡みつきながら、先から一つに固まっていき、龍の形となって、襲い掛かる。
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