小さな雛鳥と迷い猫

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******  沈んだ意識の中に漂っていると、顔から硬いものがぶつかって、次に耳にがしゃん!と、鉄を降ろすような音が入った。  それまで、固く閉ざされていた瞼を開いて・・・・・・ニリクは、瞳孔をぼんやりと揺らした。  氷のような冷たい寒気が、服の隙間から肌を刺してきて、震えそうになるのを堪えながら、残滓程度に残った力を振るって、身体を起こした。  灯りすら見当たらず、氷の壁の反射によって真っ暗闇ではないもの、それでも足元が危ういぐらいの、薄暗い場所の中。鼻には汚臭とカビが入れ混じった、鼻を抑えたくなる程の強烈な匂いがつく。  目をぐるりと一巡させる。映ったのは、岩だらけの地面と、壁。  そして・・・・・・頑丈な鉄格子だ。  それらから、ここが、檻の中であることが、読み取れた。  ここに─────────娘は閉じ込められていた。  こんなに冷たく、寒い場所で。包むものも与えられず。火すらも無い。  身を守るものは、薄絹一枚。それ以外に与えられるものはなく、玩具すら一度だってもらったことが無かった。  日に二度だけの食事は、地面の上に無造作におかれた金メッキのお椀一杯の水と、冷めたパン一個だけ。  硬くて大きい石を枕にして、小さく縮こまりながら、幾度も夜を明かし続けた。  人間の友達はおらず、食べ物を漁りに来た鼠や虫が目の前を通り過ぎるだけ。  壁際に転がっていたのは、先端が尖った石クズ。それは、書くために拾ったものだ。  ここに連れて来られた日から、日数を壁に刻み続けていた。壁には隙間なく、数えるのも諦めるぐらいの線が刻まれていた。  檻は一つだけじゃなく、間間にある。自分の他にも、色んな人間が、この中に閉じ込められたのを、何度も見た。  自分と同じ境遇の子供や、水ぼらしい老人、悪人顔をした大人など、様々だ。  だけど皆、数日経つとこぞって発狂し出した。ぶつぶつ独り言を呟いたり、突然意味分からない言葉を喚き散らしたり、狂ったように泣き出したり、笑い上げたりと。きっとその目には、自分には見えない幻でも視ていたんだと思う。  白衣を着た大人達に連れて行かれた人から、帰って来なくなった。  今では、もう一人。たった一人だけ。取り残されてしまった。
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