小さな雛鳥と迷い猫

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******  無傷で佇む女を前に、ニリクは満身創痍であった。  絹のように流れる髪は解かれており、ぼさぼさになっていた。身体のいたるところには傷が痛々しく残っていて、足元には赤い雫が滴り落ちて、広がっていた。  呼吸を荒げながらも、決して倒れないのは、偏に背後の扉を守るため。  身を挺して守ろうとするニリクの強い意思に対して、魔女は不可解な表情を浮かべた。 「何故?死のうとするのか?」  問うてくる無機質な声に対して、ニリクは口元を吊り上げながら、鋭く見返した。 「この世で最大の愛とは、何たるかを知っているか、魔女よ?」  人形のように表情の無い、美しい顔を見返しながら、ニリクは言い放った。 「自己犠牲の愛だ。命を賭して、誰かを守ろうとする力が、人を強くするのだ」  そなたには解せぬであろう。  こんな冷たい檻の中に閉じこもり、子孫という名の人形で遊ぶことでしか、自分を慰められないそなたには。  憐れな女である。まっことに。  どうしてそなたが私に強く惹かれているのか・・・・・・どうして、私がそなたと情を交えたのか、考えたことは無かったか?  それは、私とそなたが、似た苦しみを抱いていたからだ。  互いに慰め合いたいという願いからだったのだ。その願いが・・・・・・浅ましい感情の結果が、あの娘だったのだ。  まことに愚かだったのは、私とそなただったのだ。 「魔女よ・・・・・・憐れな女め・・・・・・いずれ、そなたの業は裁れることになるだろう。真の王によって」  ニリクの言葉に、女は失笑した。 「ついに戯言を申すようになりましたか。真の王はもう潰え、神はこの世から消えた。この世を巣食うのは、愚かな人間共だけ」 「ああ。そうだ。人ほど、愚かな生き物は無かろうさ・・・だが、神を動かすのは、いつだって人なのだ」  流血しながら返すニリクに、魔女は違和感を抱き始めた。  何を狙っている?  暗に問う空気に、ニリクは小さく笑った。 「・・・・・・どうしてわざわざこの場に残ったのか、考えすらもつかぬか?私が貴様の正体に気付いていないとでも?」  光を見失っていないニリクの眼光に射抜かれて、魔女ははっと息を呑んだ。  魔女の反応に、ニリクは口角を吊り上げた。  まさに、魔女の予想通り・・・・・・氷の城を隙間なく囲い閉じ込める無数の霊符が、配置に着いていた。
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