小さな雛鳥と迷い猫

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「・・・あんたが医者の端くれだっていう事実に、俺は今でも信じられねえ」  服を着ながら、ユウはぼそっと呟いた。  すると、ルナは髪を手でなびかせながら、自慢げに返した。 「何を言うか。『氣慰術』に関してなら、私の右に出る者はいないんだぞ・・・いや、昔一人だけいたな。もぐりの藪医者だったが、医師会に大きな波乱を呼んだ男が居たのさ。そいつはSSランク最強と言われている、あの『キメラ三闘士』の一人でな、その名は武・・・」  ルナが饒舌に舌を回している途中で、ユウはさっさと退散した。  ニリク親子の物語は、幸福の形で完結したようだ。  だが、物語が一つ終わったところで、ユウの日常は変わらない。  家に戻ると、また静けさに満たされた生活に、逆もどりした。  口座には、今回の依頼料として、規格外の金額が振り込まれていた。  増える一方の財産を、家の維持費と生活費にのみしか使わない日々を、ユウは過ごした。  何をする訳でもなく、ルーチンワークを繰り返すだけ。  変わったことと言えば、久しぶりに城に訪れた際に、『炎帝』に捕まったこと。  多忙な自分の代わりに、保育所に預けている娘のお迎えに行ってくれないか、と図々しく頼まれて、断れずに迎えに行ったこと。  四歳になった幼女の手を引いて、嫌々に集会場へと着くと、そこには『瞬神』が慌てふためいていて、娘よりも先にユウにしがみ付いて来て、弟が家出した、と泣きわめいていたこと・・・ぐらいだ。  大の大人なのに、一回り以上も小さい子供に泣いて縋る大人を、ユウは知るかと一蹴し、蹴り飛ばしてやった上で、娘を押し付けて直ぐ様踵を返した。  マスターからもしばらくは休んでもいいと許可を取ったことだし、ナペレも当面は依頼の受注はしないと気を遣ってくれたので、ユウも束の間の休息を利用することにした。  とはいっても・・・・・・流石に三日も過ぎれば、飽きてきた。  夜になって、食事と入浴を終えたユウは、下にジーンズを履いただけの格好で、ソファーにだらしなく寝そべりながら、ニュース番組を見ているつもりでぼうっと過ごしていた。 ────暇だなあ・・・・・・ナペレは休めって言ってたけど、このままじゃあ、腐り落ちそう・・・。  明日から任務を受注しようかな。フローラの所に行こう・・・。
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