小さな雛鳥と迷い猫

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 と、その時に、時間を取り計らったかのように、階段横に設置した黒電話が鳴り出した。  けたたましい音を鳴らすそれを、ユウは緩慢な動作で脱いだ黒装束をソファーの背もたれに投げ捨てると、大分待たせてから受話器を取った。 ≪・・・もしもし。ユウ。おかえり≫  通信の相手は、ユウが居ない間に部屋の掃除と洗濯と料理をしてくれた、育て親だった。 ≪夕食作っておいたの、解ったな?米も残りが少なくなっていたようだったから、分けておいた。野菜も地下倉庫に置いてある≫ 「ああ・・・」  疲れが残った声で、端的に答えた。  すると、数拍の間が置かれて、説くような口ぶりで、育て親は言い出した。 ≪ユウ・・・お前、いつまで、こんな生活を続けているつもりだ?≫  単刀直入に斬り入られた話に、ユウは眉間を寄せた。 「何が?」 ≪そんな大きな家に一人で住むのもままならないだろう。私が居なかったら、どうするつもりだったんだ?それに夜盗の類が盗み入らない保証が無い訳ないだろう。そろそろうちに戻ってきたらどうだ?それか誰か、同居人を探しなさい≫  かなり直入した言葉であるが、その声音は厳しいものではなく、諭すようなものだ。  昔からこういう人物だった。悪いことをした時も、頭ごなしに叱りつけるのではなくて、きちんと話し合って、相手が納得できるまで根気よくこんこんと話を詰める。それが育て親の方針だった。  それがどれほど貴重なのか、ユウには自覚は無いだろう。彼は、一般家庭というものを、知らずに育ってきたからだ。 「大丈夫だって。もう、俺、疲れてるから・・・うん」  結局ありがとうも言えずに、ユウは受話器を置いた。  壁に背を凭れて、ずるずると尻餅をついて、大きく溜め息を吐いた。薄寒いと感じるのは、しいんと水を打ったかのように静まり返る静寂の空気のせいだった。  どういう経緯で、ユウがこの家に住むことになったのか。そこには、あまりにも異常とも言える、彼の今の職歴にあるが故だ。  南の大ギルド、『レッド・マウンテン』所属Sランク傭兵。これが、今の職である。  現在十歳。ギルドに入ったのは五歳。AランクからSランクに上がったのは七歳の時。  この敷地を勧めてくれたのは、ナペレ・カラムーンという人物だ。この人物は、本当に聖人君主の鏡というに値する御方だ。
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